地政学、すなわち、地理と政治や軍事との関係性についての研究は、すでに古代ギリシアの時代、ヘロドトスの『歴史』にその起源が読み取れる。彼は民族の命運が地理的な環境と深く関係していることをペルシア戦争の研究から述べている。
◯大陸系地政学の歴史
より「政治地理学」という名称を用い、体系的に政治と地理の関係について論じたのは18世紀のドイツの哲学者カントであると考えられている。この研究はドイツの経済学者フリードリッヒ・リストやドイツの歴史学者ハインリッヒ・フォン・トライチケ、ドイツの地理学者アレクサンダー・フォン・フンボルト、カール・リッターたちを経て地理学者フリードリヒ・ラッツェルによって引き継がれ、スウェーデンの政治学者ルドルフ・チェレン (Rudolf Kjellen) がさらに体系化を加えて「地政学」との名称を与え、20世紀のドイツの陸軍将校であったカール・ハウスホーファーによって国家は国力に相応の資源を得るための生存圏(レーベンスラウム)を必要とするという大陸国家系の地政学の説を唱えた。
ドイツにおいてこういった理論が集中的に発展した背景については、ドイツがヨーロッパの中央部に位置し、しばしば外国との戦争によって国土を破壊され、国家の発展がしばしば頓挫した歴史が関係していると考えられる[要出典]。
◯英米系地政学の歴史
ドイツの地政学の系譜とは別に、英国や米国で発展した英米系地政学(海洋国家系地政学)の系譜が存在しており、イギリスやアメリカが中心となって発展してきた。19世紀の米国海軍将校であったアルフレッド・セイヤー・マハンはシーパワー理論を打ちたて、イギリス地理学者のハルフォード・マッキンダーはユーラシア大陸の中央部(ハートランド)を制するものが世界を制すると主張して、イギリスの立場からロシアへの対抗を説くランドパワーの理論を構築した。
後に、20世紀のアメリカの政治学者であるニコラス・スパイクマンはランドパワーとシーパワーの対立構造をすべての戦争に当てはめることは乱暴な単純化であると批判し、大陸縁辺部(リムランド)を定義した。
◯大陸系地政学(近代の地政学)
アドルフ・ヒトラーが率いたナチス・ドイツと大日本帝国の帝国主義的な拡張政策に一定の影響を与えたと考えられている。事実、ハウスホーファーの副官であったルドルフ・ヘスがナチス党に入党しており、『わが闘争』の口述筆記を行い、後に、ナチスの副総統となっており、『わが闘争』にもハウスホーファーの理論がある程度影響していると考えられている。
また、日本においても、昭和初期に、ドイツとの地理的な類似性からドイツ地政学の影響を大きく受けており、小牧実繋が『日本地政学宣言』(弘文堂書房、1940年)を著し、「大東亜共栄圏」の概念を形成し、また、岩田孝三の『国防地政学』(帝国書院、1943年)においても、その地政学理論を日本の拡張政策に結びつけるべきであるとの記述がみられる。
地政学の理論が当時の政策立案に決定的な影響を与えたことを立証することはできないが、このような地政学の姿勢というものは、日本では軍国主義の理論として差別的に排斥された。特に、国際関係を地理的要因、軍事的要因のみで分析する地政学的アプローチは、経済、通商、投資関係が国際関係を説明する極めて重要な要素であることをまったく無視していることからして致命的欠陥がある。
また、確かに国家は現在でも国際関係における基本的アクターではあるが、20世紀後半以降、国際機関や大規模多国籍企業を始めとして、NPOなど国際関係におけるアクターの多様化が顕著になっていったにもかかわらず、そのような変化に対応できなかった。しかも、国家内部においても利害関係は多様であり、政策決定は重層的かつ多様なものとなる。そして、かかる意思決定過程が国際関係に影響を及ぼすにもかかわらず、「一枚岩の国家」というありもしない前提を元に議論を構築しているという欠陥がある。
◯英米系・海洋国家地政学(現代の地政学)
大戦に勝利したアメリカにおいては、マハンの理論は勝者として賞賛され、また、スパイクマンの地政学の研究は現代の地政学の発展の礎となった[要出典]。1944年、ピーティ教授は北極圏を中心とした半島環状地帯、島嶼内側環状地帯、島嶼外側環状地帯に分類しようとした。また、1973年にはサウル・コーヘンが特定地域に地戦略的な同質性は存在しないとし、世界を海洋世界と大陸世界と破砕帯に大別して呼称した。
1988年に、国立政策研究所のグレイ所長は東欧と中東がソ連の防壁または米国の前進基地の二面性があり、これは地戦略的な見地によると考えた。そして、冷戦期における欧州での米国の脅威は領土を巡る紛争ではなく、ソ連の軍事力が西側諸国へ与える間接的な影響であると論じた。また、核兵器の時代になると、従来のランドパワー至上主義、シーパワー至上主義に加えて、新しくエアパワー至上主義が登場することにもなった。
日本では、戦後地政学が公的には議論し難い環境があり、また研究の歴史も浅いために研究の成果は限定的であるが、小牧門下の足利健亮、藤岡謙二郎、神尾明正(かんお・あきまさ)らが、小牧地政学の学統を歴史地理学や先史地理学として発展継承し、地理学と歴史学、考古学の境界領域的な研究で業績をあげた。
参照元:ウィキペディア「地政学」
参照元:ウィキペディア「地政学」
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